東大物理学科教授 山本智先生の寄稿 第五章その1
5.理学系のキャリアパス
研究経験は社会に出ても大変役に立つ。新しいことを考えて、突き詰めていくことはあらゆる社会活動の基本だ。自然を相手にしているか、社会や人間を相手にしているかの違いだけで、本質はかわらない。だから、自然の仕組みを知りたいと思って夢中になった経験は、いろんなところで役に立つ。もちろん、研究内容が役に立つわけではない。論理だった考え方、対象をいろんな視点から捉える柔軟性、答えのないことに取り組む勇気、面白いものを見つけていく情熱、これらは研究の中で自然に身に付いてる。理学部出身者が企業から求められる理由はそんなところにもある。
医学なら医者、薬学なら薬剤師というように、社会で認められた資格が取れるのは大きな魅力かもしれない。理学にはそのような資格はない。あえて言えば教員免許くらいだろうか。だから受験生から敬遠されるとも聞く。しかし、理学部出身者は社会の様々な方面から広く求められている。事実、卒業生のキャリアパスも多様だ。表1を見てほしい。これは東京大学理学部、および大学院理学系研究科出身者の進路の一例である。大学や企業での研究者・技術者、科学を伝えるジャーナリストやサイエンスライター、小・中・高ならびに各種学校の教員、官公庁の専門職、民間のシンクタンク、ソフト会社などから銀行、証券にいたるまで実に様々な方面に進んでいる。一見、文科系の職場と思われるところでも出身者の活躍の幅は広い。制度としてはないけれど、理学系の能力はある意味で「資格」のようなものなのである。
東大理学部では多くの卒業生が大学院(理学系研究科)に進む。そしてその多くが、研究者になりたいと考えている。通常、大学院修士課程の2年間、博士課程の3年間、指導教員とともに研究に励み、博士論文を書いて審査に合格すれば博士の学位を得ることができる。これが課程博士の制度だ。博士の学位を得るには、この課程博士の他に、論文博士という制度もある。こちらの方は、民間の企業の研究所などに勤めている人が、研究成果を論文としてまとめ、それで博士の学位を認めてもらうものである。論文審査は課程博士と同等に行われる。博士の学位を取得することは、研究者としての「免許」を得たようなものだ。ただ、「免許」はあっても、実際に研究を職業とできるかどうかは、実績によってくる。現在、博士の学位を取得した人の大半は、博士研究員(ポスドク)として任期付き(1-3年程度)の職に就き、研究を継続する。博士研究員を雇ってくれるのは国内外の大学や研究所である。そこで、自分の研究を進め、成果を挙げていく。任期付きであることは生活の面では不安定であるが、いくつかの職を経験して研究の幅を広げていくには役に立つ。博士研究員を何度か繰り返し、常勤の研究職(大学の助教(もとは助手と言っていた)や研究所の常勤研究員)のポストにありつけるかどうかが、第一のハードルと言える。最近では助教のポスト自身にも任期がつけられることが多くなっている。そのため、若い研究者の多くはこのような任期付きのポストを渡り歩く。そして、助教授、教授と階段を上るが、それぞれにやはりハードルがある。一般に、研究職は公募されることが多い。多くの応募者の中から、最も優れた人、最も適当な人が選択される。また、自然科学はとても国際的である。最近は海外に出て、海外で研究職を続けていく人も少なくない。