東大物理学科教授 山本智先生の寄稿 第四章その2
「物理に入ったけど、生物がやりたくなったらどうすればよいの?」そういう心配もあるかもしれない。大丈夫。物理のカバーする範囲は非常に広くなっている。非線形物理、生物物理など生命に関係する分野が存在する。これはどの学科でも同じだ。学科をまたぐ境界領域がどんどん広がりつつあるためである。大学院に進む場合は、その時点で分野を変えることもできる。そのようにして大学院に進学してくる人も少なくない。
大学入学時に学科を選ぶと、何か人生が決まってしまうかのように思う人が多い。確かに、最初に学ぶことは決まるかもしれないけれど、あとは自然への興味の持ち方一つ。どんどん好きな方向に進んでいけばいいのだ。それができる力さえ持っていれば、大学というところはとても寛容なところである。あまり参考にならないかも知れないが、私自身の例を紹介しよう。高校時代、私は数学や物理が好きだった。でも大学時代に、化学の授業でNMR(核磁気共鳴)というものを知って、分光学の世界に惹きつけられた。そして化学科に進み、化学の大学院で博士の学位を得た。名古屋大学の助手として勤務していたときに、宇宙に大量にある分子をたまたま発見し、29歳にして天文学にはじめて興味をもった。
今、私は物理学教室にいて、物理を基軸にしながらも化学的な視点から星形成の研究をしている。そして、観測のための必要性から望遠鏡を作り、また、ナノテクノロジーの世界にも足を踏み入れつつある。もともと自然には分野はない。対象をどう選びどう捉えるか、それは一人ひとりの自由なのだ。