東大物理学科教授 山本智先生の寄稿 第三章
3.「どんでん返し」がおもしろい
自然科学の研究の一番のおもしろさは、「どんでん返し」だ。それまで「常識」と思われていた知識が、まったく別の分野の研究によって根底からひっくり返されることがある。私たちの自然に対する理解は浅いから、そんなことがしょっちゅう起こる。
誰でもある程度は知っている有名な話は光の研究の歴史だろう。光の正体は何か?これは昔から大問題だった。「波」か「粒子」かという大論争の後、19世紀はじめ、ヤング、フレネルらによって、「波」に軍配が上がったことはご存知だろう。光の回折、干渉を見事に説明したからである。しかし、当時、波を伝えるためには媒質が必要だと考えられた。光は真空中でも伝わることから、その媒質(「エーテル」と呼ばれた)は真空中にも満ち満ちていなければならない。光の伝播を解明するために、「エーテル」を伝わる弾性波の理論に錚々たる科学者たちが取り組んだ。この「エーテル」をめぐる状況は、現在話題となっている宇宙の「暗黒物質」の状況と似ている。
しかし、光の伝播の仕組みを突き止めたのは、これら「本流」の人たちではなかった。それとはまったく別に、ファラデーに始まる電気の研究が進んでいた。電気と磁気の関係がマックスウエルによって定式化されたときに、電磁波の概念が生まれた。そして、光は電磁波の1種であることが明らかになった。電磁波は真空中を伝わる。「エーテル」は必要なかったのだ。
光は電磁波という概念は完璧なように思われる。しかし、もうひとつ「どんでん返し」が待っていた。それは光の粒子性である。光電効果の実験は光があたかも粒子であるかのように振舞うことを示した。それらをもとに、プランクやアインシュタインによって光量子仮説が生まれた。光が波動性と粒子性という二重の性質をもつことは、量子力学の成立の基礎となった。だが、この光量子仮説は未だに証明されていない。つぎにはどんな「どんでん返し」が待っているのだろうか。
これほどまでの有名なことではなくても、似たようなことは普段の研究において日常的に起こる。これまで常識であると考えられてきた概念のほころびが見え、それを探求することで、より深い理解に到達することができる。また、まったく違う分野の違う視点が、問題の解決に役立つこともある。冒頭に少し紹介した、星間雲の化学組成から星形成を調べる方法論もその一つの例である。自然の見方は一人ひとり違う。その違いが大事なのだ。いろいろな模索の中で、研究は進んでいく。それはドラマチックだ。