東大物理学科教授 山本智先生の寄稿 第一章その1
1.はじめに-研究のひとコマから-
1998年11月7日夜11時。自宅の電話が突然鳴った。
「受かってますよ!」
電話の向こうは大学院生のT君。大学の研究室からだ。興奮気味の声はさらに続けた。
「すごいです。どんどん受かってます。」
その年、私たちの研究室では、富士山頂に電波望遠鏡を設置した。目標とするのは星と星との間にただよう炭素原子だ。その望遠鏡を研究室からリモートで動かして、炭素原子が放つ波長0.6ミリメートルの電波をついに受信できたのだ。
私はコートをつかむと車に飛び乗り、深夜の首都高速を飛ばして研究室に駆けつけた。T君が操作するディスプレー上には、オリオン座巨大分子雲からの炭素原子のスペクトル線が10秒ごとに現れている。あるとは思っていたが、こんなに強く、しかもこんなに広く分布しているとは。。。
富士山頂に電波望遠鏡を作る。そんなバカげたことを考えたのはそれよりも6年前のことだった。星と星との間にある星間ガス。それが集まって新しい星ができるしくみを調べたい。そういう思いからだった。ガスの主成分は水素分子だが、ごく微量に様々な分子が含まれている。炭素原子もそのひとつで、時間が経つと化学反応で酸素と結びつき、一酸化炭素分子となる。化学反応の時間変化を利用して、星形成が進む様子を観察できないか?それには、炭素原子の観測をやって、一酸化炭素分子と比べてみればよい。ところが、炭素原子を調べるのは簡単なことではない。波長0.6 ミリメートルの電波(サブミリ波)を捉える必要があるからだ。世界的にみても炭素原子の観測は当時非常に限られていた。通常、このような波長の電波は大気に吸収されて地上に届かない。でも、富士山は日本一高い山である。いろいろ調べてみると十分観測できると思われた。